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福島地方裁判所いわき支部 平成8年(ワ)210号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

折原俊克

被告

北日本自転車競技会

右代表者会長

原田和幸

右訴訟代理人弁護士

廣木重喜

中村勲

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告が平成八年七月一日原告に対してなした「本部総務部長を解く」との降格処分が無効であることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金一〇九万九三六〇円及びこれに対する平成八年一〇月一〇日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告に対し、平成八年七月一日から本訴確定に至るまで毎月二五日限り一か月金五万二五一〇円を支払え。

四  訴訟費用は、被告の負担とする。

五  第二項及び第三項につき仮執行の宣言

第二  事案の概要

一  本件は、被告北日本自転車競技会の総務部長職にあった原告が、被告北日本自転車競技会に対し、昇給を三か月延伸した処分が差別に当たると主張し、また、総務部長職を解く降格処分が人事権行使の濫用として無効であると主張し、昇給を延伸された期間の得べかりし昇給分、慰謝料及び右各金員についての本訴訴状送達の翌日である平成八年一〇月一〇日から支払済みに至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、並びに、降格処分のあった日から本訴確定に至るまで総務部長として毎月得られるはずの管理職手当の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実及び証拠によって容易に認定できる事実(括弧内に証拠を掲記するもの以外は争いのない事実である。)。

1  原告は、肩書地に居住し、昭和四三年一月、被告に雇用され、以来被告の従業員として勤務する者で、平成八年六月末まで被告の本部総務部長の職にあった者である。

2  被告北日本自転車競技会(以下、「被告」あるいは「被告競技会」という。)は、自転車競技法一三条に基づいて設立された法人であって、東北、北海道地区の競輪の実施に関する事務を公正かつ円滑に行うことを目的として主たる事務所(本部)を肩書地に置き、この他に青森市と函館市にそれぞれ従たる事務所を置いて地方公共団体であるいわき市、青森市、函館市がそれぞれ施行する競輪(いわき競輪、青森競輪、函館競輪)に関する事務の委託を受けてこれを行っている団体である。

3  労働契約の成立とその内容

原告は、昭和四三年一月二七日、被告福島県支部業務課業務係(七等級)として採用され、その労働条件は、被告の定める就業規則、組織規則及び人事取扱規則によるものとされ、その後の昇格及び支給された基本給(本給、勤務手当、扶養手当及び管理職手当)などの労働契約内容の変更経過は、次の通りである。

(一) 昭和四三年一月 被告競技会に入社

福島県支部業務課業務係(七等級)

(二) 昭和四四年四月 本部総務部総務課経理係

(三) 昭和四五年四月 本部総務部総務課経理係(六等級 本給のみ三万六六八〇円)

(四) 昭和四七年四月 本部総務部総務課経理係長(五等級 本給のみ五万六四〇〇円)

(五) 昭和四九年四月 本部総務部総務課経理係長(四等級 本給のみ八万六九二五円)

(六) 昭和四九年一〇月 本部総務部総務課課長代理

(七) 昭和五五年四月 福島県支部専門役(審判 本給のみ二一万四二〇〇円)

(八) 昭和五九年四月 本部業務部審判課長(本給のみ二八万五九三五円)

(九) 昭和六一年四月 本部業務部審判課長(三等級 本給のみ三一万六九七〇円)

(一〇) 昭和六二年四月 本部業務部業務課長(本給のみ三四万五〇四〇円)(乙二三の二)

(一一) 平成元年四月 本部専門役(審判 本給のみ三八万〇四六五円)

(一二) 平成四年四月 本部業務部次長(本給のみ四五万五三八〇円)

(一三) 平成四年一〇月 本部業務部長

(一四) 平成五年四月 本部業務部長(二等級 本給のみ四八万一三〇〇円)

(一五) 平成七年四月 本部総務部長(一等級 基本給六九万七七九〇円)

(一六) 平成八年四月一日 定期昇給ストップ(基本給七〇万三七七〇円)

(一七) 平成八年七月一日 定期昇給(基本給六六万七八二〇円)

本部総務部長解任

本部付を命ずる辞令(管理職手当五万二五一〇円減額)

4  被告は、平成八年四月一日付で、職員給与規定九条に基づき、定期昇給の資格を有する被告の職員に対して昇給を行ったが、原告については、一等級八号俸のまま据え置いた(以下「本件昇給延伸処分」という。)。昇給した場合の一等級九号俸との差額は、本給で月額一万三八〇〇円であり、これに勤務手当の差額分月額二七六〇円を加えると、月一万六五六〇円となる。

その後、被告は、平成八年七月一日付で原告について一等級九号俸の支給をする旨決定した。したがって、平成二年四月一日から六月末までの三か月間と六月二六日に支給された補給金(一般の賞与にあたり、基本給の三か月分が支給される。)における右差額の合計は、金九万九三六〇円となる。

5  被告の当時の中井冨夫会長(以下「中井会長」という。)は、原告に対し、平成八年六月二四日、「七月一日付で総務部長職を解く。」と内示をし、その後、同年七月一日、「本部総務部長職を解く。本部付勤務を命ずる。」旨の辞令を交付し、同日付で本部総務部長を解職し、本部付の係員に降格した(以下「本件降格処分」という。なお、被告は、後記のとおり、右人事異動は、降格ではないとも主張するが、以下においては、ひとまず原告の主張に沿った呼称に合せることとする。)。

そして、右処分の結果、右処分前まで支給されてきた管理職手当五万二五一〇円が減額され、平成八年七月一日以降は毎月五万二五一〇円が減収となっている。

三  争点

1  本件昇給延伸処分は差別に当たり無効か。

2  本件降格処分は人事権の濫用的行使として無効か。

四  争点に関する双方の主張

1  原告の主張

(一) 不利益処分の無効事由

(1) 人事権行使において、法令や就業規則に反しない範囲で裁量の幅があることは認めるが、そこにおける裁量は、無定量のものではなく、憲法や法律の範囲内で、かつ、労使慣行や就業規則、給与規程に反しないことが必要である。特に、降格、減給等の不利益を伴う場合は、本人の合意がある場合や正当な事由がある場合等実質的な理由と厳格な手続を必要とすると解すべきである。

(2) 本件昇給延伸処分による給与差別の無効性

① 本件昇給延伸処分は、他の全ての職員に対する取扱いと全く異なる差別的取扱いであり、職員給与規程九条に違反する無効なものである。右差別的取扱いに合理的理由がないことは明らかであり、平成八年七月一日、被告自らが原告の苦情申立てを容れ、是正したことはそれを裏づけるものである。

なお、被告競技会の中井会長が主導して本件降格処分と合わせて本件昇給延伸処分をなした主たる理由と経過は、別紙経過一覧表記載のとおりである。すなわち、中井会長は、原告が引越しの手伝いをしなかったことから原告を快く思わなくなり、職員内部の中傷に惑わされた結果、些細なことにおいてもことごとく原告を「いじめ」の対象とし、本件のような不利益処分を行ったものである。これは、右経過一覧表の示すとおりであり、本件降格処分と根を同じくするものである。

したがって、本件昇給延伸処分は、合理的理由のない不当差別であって、憲法一四条、労働基準法三条の趣旨に反し、労働基準法二条により遵守義務のある就業規則二三条(職員給与規程九条)にも反する違法無効なものであって、被告は、原告の被った不利益を補う義務がある。

② 職員給与規程九条に定める「一二か月以上の期間を良好な成績で勤務した者」の解釈適用について

ア 被告におけるこれまでの職員給与規程九条の解釈適用の実状

右規程九条の「一二か月以上の期間を良好な成績で勤務した」とは、一〇条で定める特別昇給の場合の「勤務成績が特に優秀」と対比するとき、他の者に比較して抜きんでて成績がよいことを意味するものではなく、一二か月間に遅刻や無断欠勤などがなく、与えられた職務を通常に遂行していればこれにあたるとされるものであり、これまで被告の組織内においても長期間そのように運用されている。

なお、被告競技会における職員の身分や条件については、公務員に準じてその内容が就業規則や給与規程に定められているが、国家公務員法の一般職の職員の給与に関する法律八条六項に定める普通昇給の要件たる「一二月を下らない期間を良好な成績で勤務したとき」の解釈について、人事院は、勤務成績が良好であることの証明が得られないものとして取り扱うべき例として、a 人事院の定める事由以外の事由(私傷病による病気休暇など)により昇給期間の六分の一に相当する期間の日数を勤務しなかった職員、b 次期昇給予定の時期までの間において停職、減給または戒告処分を受けた職員(以下、これらの職員を、「欠格事由を有する職員」という。)を挙げているが、それから反対解釈して総合判断すると、前述のように、一二か月間に遅刻や無断欠勤、私傷病による二か月以上の長期にわたる欠勤がなく、かつ、右三か月間に停職、減給及び戒告等の懲戒を受けることなく、通常に職務を遂行したものはこれにあたると解すべきである。

そして、被告競技会においてもこれまでそのような解釈運用がなされ、本件のような理由で昇給停止がなされた事例はこれまで一つもないことからしても、本件昇給停止処分がいかに従前の運用実態から導かれる解釈基準を逸脱したものであるかが分かるはずである。

イ 本件昇給延伸処分が従来の職場における慣行や手続を無視して、中井会長の恣意的判断でなされた合理性のないものであること

本件昇給延伸処分は、従前から被告競技会において行われてきた運用実態から逸脱しているだけでなく、手続的にもこれまでの慣行を無視した異例のやり方で決定されている。すなわち、本件昇給延伸処分がなされるまでは、本部理事を通じて定期昇給対象者リストが人事権者である会長に提出され、会長がこれを承認して発令するという手順がとられ、これまで推薦された定期昇給対象者リストに掲げられた職員について昇給の発令がなかった者はなかったのであり、本件は、唯一の例外的取扱いに属するケースである。そして、推薦をした責任者である木本本部担当理事は、中井会長に対し、三回にわたって推薦どおり原告の定期昇給を認めるように進言しているだけでなく、他の金成青森支部担当理事や松本函館支部担当理事も中井会長と面談し、翻意するように進言しているのである。これらの事実は、中井会長以外の他の三名の理事全員が原告の定期昇給の認めるべきとの立場から同会長を説得したにもかかわらず、会長が翻意せずに本件昇給延伸処分を強行したことを示している。これらの事実経過は、会長以外の理事が、原告について、定期昇給させるに値し、成績が良好であると評価していたことを雄弁に物語っており、本件昇給延伸処分は、中井会長の恣意的判断による合理的根拠を欠くものであったことを示している。

ウ 職員給与規程九条の適用につき、その該当性の具体的検討を原告以外の者について行った形跡はないこと

中井会長は、原告だけをターゲットにして「良好な成績」を問題とし、被告の理事らは、本件訴訟においても、些細なことについて、事実を歪曲したり、針小棒大の主張を展開している。しかし、平成八年四月、原告の除く他の対象者全員を定期昇給させるについて、木本本部担当理事の推薦以外に理事間や会長と他の理事の間でその適否について具体的検討がされた形跡は全くない。要するに、会長の関心は、原告以外についてはなく、原告以外の者については木本本部担当理事の推薦どおり承認しているのであり、これは、中井会長の恣意性、すなわち、好悪の感情に支配されて原告に対する処分を行ったことを推認させる有力な事実である。

(3) 本件降格処分の無効性

① 本件降格処分は、別紙経過一覧表の示すとおり、本件昇給延伸処分と根を共通するものであって、当時の中井会長の私的な嫌悪感情等に基づく根拠のない不合理なものである。すなわち、被告競技会は、従来、他の部長職を経験した職員について定年前の数年間を本部総務部長職に任命してきた。したがって、原告及び他の職員も、原告が将来役員に就任するような場合を除き、原告が定年を迎えるまでの間、本部総務部長として勤務するのが当然と考えている。被告競技会においては、不祥事による場合や自己都合退職の場合を除いて本部総務部長が本人の意に反して解任された例は皆無であり、本件降格処分は、これまでの労使慣行を破る不当、不合理な不利益処分であり、当時中井会長が自己の威光を示さんがためだけに行った処分であって、労使慣行を無視した無効なものであり、原告の期待権を損ねる点でも許されない。

② 木本本部担当理事は、松本総務部長が函館担当理事に転出するに際し、業務部長の地位にあってこれまで主要なポストを経験していた原告について、年齢、経歴その他の事由を総合したうえで総務部長にふさわしいと判断して当時の竹谷会長に推薦した。そしてさらに原告に対する辞令は、人事の公平をチェックするため、慣行に従って、労働組合執行部に直前に通知して了承を得たうえで発令されたものである。原告について、総務部長としての能力がなく、ふさわしくないという被告の主張の主要部分は、中井会長が本件降格処分を行った後に、不可したものが多く、主として中井会長の主観を根拠としている。被告の主張のとおりとするなら、当時の竹谷会長や木本本部担当理事等原告を推薦した役員の意見や、大多数の職員で組織された労働組合の意見が全く異なっていたという奇妙な理屈となるのである。要するに、中井会長は、原告に対して特殊な悪感情を抱いていたため、当時の理事らの進言に耳を貸さずにこれまでの慣行や手続を排して独断で本件昇給延伸処分を強行し、右処分について原告に苦情を申し立てられ、行政監察局に通報されるや逆上して本件降格処分に及んだというのが真相であり、実体である。

③ さらに、中井会長は、本件降格処分が職務上も給与上も不利益を伴う処分であるにもかかわらず、原告に対し、等級を下げるものではないから不利益処分ではなく、懲戒に関する規程によらずに行うことができると話している。

しかし、本件降格処分は、実質的に「いじめ」を組織的に合理化するもので、不利益処分であることは明白であり、かかる処分が人事権の行使に籍口して許されるとするならば、就業規則の懲戒処分に関する規程は何ら意味を持たなくなる。懲戒処分としてではなく、通常の人事権の行使として許されるのは、本人の適性や職場配置の必要性から合理性が肯定され、しかも、異動する職務上の地位が同格である場合にのみ許されると解するのが至当であって、本件のような不利益を伴う降格処分は、合理的理由がある場合で、かつ、懲戒など不利益処分に関する手続を履践した場合に限って有効と認められるというべきである。

仮に、何らかの理由により右無効事由が認められないとしても、これまで原告が何ら支障なく他の部長職を歴任し、一年以上前からは総務部長として勤務している経過、特段適性において問題がなく、落ち度も認められないこと、本件降格処分が原告に対する「いじめ」的経過の中でされたものであることからすると、本件降格処分は、主として中井会長ら一部の者の私的な嫌悪感に基づくものといえ、人事権の行使に籍口してなされたものであり、人事権の濫用として無効なものである。

(二) 損害の発生

(1) 本件昇給延伸処分による損害

原告は原告八年四月一日に他の職員と同時に昇給すべきであった一等級九号俸と不当に据え置かれた一等級八号俸の差額が、本給で月額一万三八〇〇円、勤務手当で月額二七六〇円の合計金一万六五六〇円となり、これに昇給が延伸された期間三か月分とその間に支給された補給金(賞与)三か月分の合計6か月分を乗じた九万九三六〇円が損害となる。

(2) 本件降格処分による損害

① 管理職手当不支給分

原告は、本件降格処分により本部総務部長から本部付係員にされたため、従来支給されていた部長職に対する管理職手当月額五万二五一〇円が平成八年七月一日以降支給されないこととされ、毎月同額の損害を被っている。

② 慰藉料

さらに、原告は、本件降格処分の結果、本部付として定まった仕事がなく、その都度本部担当理事から命じられた資料調査等の当てがい仕事をこなし、競輪開催中は、業務部長(競技副委員長)が担当している競輪客の苦情処理について業務部長の下で平係員として苦情処理の窓口業務を担当している。原告は、理由のない本件降格処分やこれに伴う勤務上の取扱により、いわれなき屈辱感を味わい、精神的に著しい苦痛を受けている。右精神的苦痛を慰謝するものとしては、金一〇〇万円が相当である。

2  被告の主張

(一) 人事異動発令における任命権者の裁量性

被告においては、その業務を効率的に遂行するため、部及び課を設け、それら部門の責任者として部長、課長等の職制を設け、業務遂行の必要に応じてそれぞれの職制への従事を命じた、いわゆる人事異動発令を行っている。これらの補職にかかる人事異動発令は、任命権者が被告の業務を適性・迅速に処理するために人事運用として、いわゆる適材を適所に配置するためにその裁量的判断に基づいてなされるものであり、その場合に任命権者の裁量の範囲は、極めて広いものであり、自由裁量に近いものと観念されて然るべきものである。

本件昇給延伸処分及び本件降格処分は、被告競技会の組織上、役員構成に次ぐ重要な地位である「総務部長」たる地位に関するものであり、これに関する人事権は、それ以下の地位に関する人事権の行使以上に広範な判断材料を基礎とする裁量の幅が設けられていると考えるのが妥当である。したがって、一旦、「総務部長」の地位に昇格したとしても、これが不可侵の継続した利益であるとは当然にいうことはできず、これを降格することも被用者の経済的損失その他に対する配慮を行ったうえで可能であるというべきである。すなわち、一定期間における当該職員の勤務成績、職務の処理能力、下部職員に対する管理能力等を総合的に判断し、その適性に疑問があれば、内示の手続を経たうえで、当該職員の地位を変更することは裁量の範囲内ということができる。

原告に対する本件昇給延伸処分及び本件降格処分は、中井会長が一年三か月間にわたって、原告の勤務成績、職務の処理能力、下部職員に対する管理能力等を総合的に判断し、その適性に疑問があったが故に、内示の手続を経たうえでなされたものであり、右裁量の範囲内のものであり、何ら違法なものではない。

(二) 原告に対する本件各処分がされるに至った背景及び経緯

(1) 被告の経営の現状と懸案課題

① 車券売上・交付金の激減状況と懸案

被告の運営は、競輪車券売上額に応じて競輪施行自治体から交付される交付金によって賄われるものであるところ、競輪車券売上は平成五年をピークとして以後激変し、それに伴って自治体からの交付金も激変する状況となり、被告における運営収支も平成五年度までは二〇〇〇万円大の赤字で済んでいたが、平成六年度には一億四〇〇〇万円台、平成七年土には二億円台の赤字を計上する状況となっていた。このため、被告ら自転車競技会を所管する通産省機械情報産業局車両課長は、右赤字経営の状況をふまえて、平成七年四月二七日、各自転車競技会に対し、「可能な限りの経営改善努力の継続」をすることを求めるとともに、自転車競技会の上部団体である自転車競技会全国競技会の会長に対し、各自転車競技会の赤字補てんについての処理指針をまとめることを要請した。さらに、通産省機械情報産業局車両課は、同年七月、各自転車競技会に対し、各競技会の運営状況をヒアリングした結果をまとめて、「自転車競技会ヒアリング結果」と題した資料を提供し、各競技会における赤字運営を厳しく懸念するとともに、各競技会の職員給与が中小都市の公務員給与よりも高額となっている事実をも指摘し、各競技会における経営改善・安定化対策への取組みの必要性を対処指針としてまとめた。また、各競技会における執務(人員)の体制の見直し、役職員給与の抑制及び見直し等の各種の改善・見直しを提言した。

② 被告における懸案課題への取組み

中井会長は、通産省福岡通産局長等を歴任した後、平成七年七月一日、通産大臣から被告会長に任命された着任したが、被告法人の運営が慢性的赤字に転落しており、その赤字幅もますます増大している現状を知り、監督官庁である通産省が各競技会の経営改善・安定化対策への取組みを厳しく指導している状況を踏まえて、被告の経営改善に向けて本格的に措置すべきことを喫緊の課題であると判断した。

③ 懸案課題への取組みの具体的対応

被告には、昭和六一年に「合理化推進委員会」なる委員会が設置されていたものの、同委員会は、被告を取り巻く社会環境の変化に対応した的確な合理化策を提言するなどの役割を果たしていなかった。このために、中井会長は、平成七年一一月三〇日、被告の持ち回り役員会において、同委員会設置運営要領を改正して、同委員会を単なる意見具申機関から責任を持って実施に当たる決定機関にその正確を改めるとともに、委員会の委員長に会長自らが就任し、委員会による検討・討議を通じて被告の経営改善・安定化対策に向けた合理化施策を打ち出し、その推進を意欲的に進めるべく、同委員会組織を立て直した。

次いで、同年一二月一九日以降合理化推進委員会を集中的に開催して合理化策の検討を行い、平成八年二月二〇日にはその結果を合理化基本方針として役員会に報告して承認を得た。右の合理化施策の基本方針の骨子は、「合理化推進委員会検討結果」として要約され、被告の労使協議会においても説明され、職員の諸手当の廃止に係る事項については労働組合の同意を得た。

(2) 被告における総務部長職の重要性

被告競技会における総務部は、総務課と経理課を管掌するものであるが、その分掌業務は、広範多岐にわたり、被告の組織の中枢にかかわる極めて重要な業務を担当する部門である。したがって、このような広範多岐にして重要な業務を統括する総務部長職は、被告における一般職員が就きうる最高位のポストとして扱われており、一般職員の代表格として常に役員会との連絡を密にし、労働組合との関係においては法人側メンバーとして対処すべき職であり、このため、被告の業務全般にわたって常に法人代表者である会長に報告・説明を尽くすべき立場であって、総務部長職と会長職との関係は、家庭における女房と亭主のように緊密な信頼関係が必要とされる関係である。

(3) 年功序列式人事異動の排除

原告は、年功序列的人事異動、いわゆる「トコロテン式」の人事異動発令が当然との前提で本件での主張を展開しているものと思われる。しかしながら、昨今の厳しい社会諸情勢のもとにおいては、被告競技会も含めて、法人としての運営が慢性的に赤字化し、法人運営に対して厳しい合理化施策の実施が喫緊の課題とされている状況の下では、法人の職員の人事運用・繰配においても、従来型の漫然とした年功序列ないし「トコロテン式」と言われるような人事運用は厳しく戒められ、適材をもって適所に配置する活力ある法人運営ができる人事配置が不可避となっている。

(三) 本件昇給延伸処分について

被告における職員の定期昇給とは、「一二か月以上の期間を良好な成績で勤務したとき、一号俸上位の号俸に昇給させることができる。」との職員給与規程九条をいうものであるところ、右の文言に明らかなとおり、職員に定期昇給がなされるのは、少なくとも一二か月の期間を「良好な成績」で勤務したとの勤務成績評価を得たうえで、初めて任命権者が「昇給させることができる」と規定されているにすぎないのであって、単に一二か月の勤務期間が経過すれば当然に定期昇給が与えられるというものではない。確かに、職務の等級が下位で給与額の低い職員にかかる定期昇給については、勤務成績がまずまずである場合は、一二か月の勤務時間の経過によって定期昇給させている運用の実態にあるが、職務の等級が上位で給与額も高額である職員については、勤務成績の評価の比重が大きくなるのであり、その職務の等級、職制にふさわしい勤務成績にないときは、一二か月の勤務期間の経過をもって定期昇給が与えられるものではない。

ちなみに、被告がその給与運用において準拠している国家公務員との関係についてみるに、国家公務員の定年は原則として六〇歳とされているが(国家公務員法八一条の二)、その定期昇給に関して国家公務員給与法八条六項では、その定年の四歳前である五六歳以上の者に対しては定期昇給期間を一八か月ないし二四か月と延伸しているのであり、この規定の趣旨は、定年間近の職員が高い給与額を受けている現実と国家財政への配慮に基づき、それらの者への昇給期間を延伸したものにほかならない。この国家公務員法との関係でみるとき、被告の就業規則による職員の定年は当時五七歳とされていたところ、その定年の四歳前位の職員で高額の給与となっている者に対する定期昇給の運用措置に関し、被告の赤字経営の現実の財政状況をも判断し、勤務成績を厳格に評価して、必要に応じて昇給を延伸することは極めて当然の措置であり、その裁量判断が不当といわれるべき筋合いにない。

(四) 本件降格処分について

(1) 原告の総務部長職への任命とその後の勤務態度・適性

平成七年四月一日、当時の松本総務部長が役員に任命され、総務部長職が空席となった際、被告競技会は、業務部長にあった原告について、その後任としては性格、業務遂行面からみて適性にやや問題があるとしながらも、いわゆる年功序列による判断として、一等級に昇給させ、総務部長に発令した。ところで、原告が総務部長に発令されて三か月経過した後、中井会長が被告の会長に任命されて着任したのであるが、中井会長は、着任して被告の経営の実態、通産省の指導の状況を知るに及び、被告の組織、運営の合理化が緊急の課題であると認識して、極めて意欲的、積極的に被告の経営改善策を模索し、行動した。中井会長は、総務部長である原告に対しても、日常、種々の説明を求め、指示を与えて積極的行動を求めたのであるが、原告は、中井会長から指示される経営改善に向けた取組みに対して積極的に取り組む姿勢をみせず、かつ、被告の業務一般に関しても「総務部長になってまだ日が浅いので知らない。分からない。」等と説明・弁解するなど、およそ被告の一般職員の要としての総務部長としての自覚ある積極的応答をしなかった。また、原告は日常の行動、判断においても、総務部長として相当に欠陥が認められ、総務部長としての部下統率力、指導力に関しても、そもそも部下職員から信頼されていない状況にあった。このため、中井会長は、原告に対して全幅の信頼をもって業務を指示、処理できない状況にあり、やむなく総務部長以外の職員に対して直接業務指示を出さざるを得ないことがままあり、原告について、一般職員の最高の責任者であり、会長の女房とも目されるべき総務部長としては不適格であると判断したものである。

(2) 本部本部付発令は降格処分ではないこと

被告においては、職員の身分は、その従事する職務の複数困難及び責任の度に応じて一等級から七等級までの七種に分類されているところ、その上位の等級に異動することを昇格と呼び、その逆に下位の等級に異動することを降格と呼ぶべき関係にある。ところで、本件降格処分は、職務の等級の異動ではなく、単に、本部総務部長の職を命ぜられていた原告に対して本部本部付を命じるという、いわゆる補職としての人事異動発令であり、原告の一等級としての身分には何ら変更を伴うものでないから、降格処分ということは正確でない。

(3) 管理職手当の性格

被告における管理職手当とは、部長、課長等として管理的業務に従事している者に対して一定額の金員を支給するものであって、現実に管理的職務に従事していることに対応して支給される手当である。ところで、本部本部付を命じられたことにより、原告が従事すべき職務は、本部理事が特命した業務となり、部下を擁してのいわゆる管理的職務は担当しないこととなったものである。この当然の結果として、本部本部付として勤務する原告に管理職手当が支給されなくなったにすぎないのである。

(五) 本件各処分を行わざるを得なかった原告の「総務部長」在職中の勤務態度等について

(1) 被告競技会における懸案の課題であった合理化推進委員会における原告の対応

被告競技会における合理化対策は、合理化推進委員会において、必要な対策を取りまとめ、報告書を作成し、それを役員会で審議し、承諾を得た後、組合との交渉が必要なものについては、労使協議会にかけて調整し、両者合意に達したものについては、労使協議会にかけて調整し、両者合意に達したものについて実施するという段取りで行うことになっていた。合理化推進委員会、役員会及び労使協議会の事務の所管は、総務部であり、総務部長は、その責任として、これら会議の設定、出席者の日程調整、議題の設定及び必要事項の事前調整並びに会議における諸説明及び事後の議事録の作成等を行い、また、合理化推進委員会及び労使協議会においては、その構成員にもなっていた。しかしながら、原告は、総務部長職にあった一年三か月の間において、これらの職務を十分果たしていなかったというほかない。すなわち、原告は、合理化推進委員会における基本方針の取りまとめにおいて責任ある行動をとらなかったり、監督官庁による合理化対策についてのヒアリングへの出席を怠るなど、被告競技会における合理化対策において総務部長として期待される責任を果たさなかった。

(2) 原告が自ら行った行政監察局への通報について

原告は、兄の佐藤秀雄を通じて行政監察局福島事務所の前行政相談課長斎藤氏(平成八年四月一日付で樋渡行政相談課長に交替)に対し、被告競技会が労働基準法に違反している疑いがあるとの情報提供を行った。ところで、労働基準法に基づく手続関係の事務は、総務部総務課及び経理課の所管に属する事柄であり、総務部長は、これら両課を統括する「指揮監督的地位にある責任者」であり、これら事務処理の最高責任者である。そして、原告は、平成七年四月一日から右総務部長の職にあり、労働基準法にかかる手続等において、故意はもとより何らかの過失があった場合は、その職責任上全責任を負うべき立場にある。したがって、その手続に違反の疑いがある場合は、それがいかなる原因に基づくものであったにしろ、直ちにそれを是正しなければならない職責にあったものである。それにもかかわらず、原告は、右職責を怠ったばかりか、被告競技会職員としての理非もわきまえずに行政機関に通報するという不可解で、天に唾するごとき行為をとったものである。また、確たる証拠もないままにかかる情報を外部に提供した行為は、就業規則第七条(禁止行為)(1)の本会の名誉を毀損する行為に当たり、被告競技会の職員として全く適性を欠く行為といわざるを得ない。

以上のとおりであるから、右通報行為は、原告が総務部長としての不適格を自ら認めたものであり、このような初歩的は判断すら行うことができず、総務部長としての識見に欠ける行為をとる人物を総務部長職に留め置くことは、将来の被告競技会の運営に著しい支障を来すものである。したがって、中井会長が原告の総務部長職を解き、本件降格処分を行ったのは、必要に迫られた適性かつ妥当な措置である。

(3) 労働組合との団体交渉における対応

被告競技会においては、従来、組合交渉の段取り及び事前調整は、総務部長が行うことになっていたが、原告は、労働組合との団体交渉に際し、着任早々の中井会長の日程調整や事前のレクチャー等を行うことを怠るなど、総務部長として期待される役割を果たさなかった。また、被告競技会においては、団体交渉議事録は、被告競技会と組合両者で選出した議事録作成人(被告競技会側は総務部次長)並びに議事録署名人(被告競技会側は総務部長)が作成することになっていたが、原告にこれらの作成能力がなかったため、中井会長自らが団体交渉議事録及び組合との協定書を作成せざるを得なかった。

(4) 副会長会における役割・言動等

総務部長は、各種会議に出席した場合、当該会議における協議内容、結論等を正確に把握して被告競技会へ報告することが要求されている。しかし、原告は、中井会長とともに平成七年七月二四日に開催された第二回副会長会に出席した際、右会議における協議内容を正確に把握せずに、後日他の理事らに対し誤った情報を伝えたため、混乱を生ぜしめた。

(5) 仕事における能力について

総務部長は、その職責において、物事をよく見聞きし、取りまとめ、他へ説明し、文章に表現することが最も必要とされるが、原告のこれらの能力は、職員の中でもかなり低いレベルであるといわざるを得ない。例えば、中井会長は、原告に対し、青森市長宛の陳述書の文案の作成を命じたが、原告から提出された文案は十分に意を尽くしたものではなく、再度方針を示して作成させたが、それも満足のいくものではなかったため、結局、自ら文案を作成せざるを得なかった。また、中井会長が原告、総務部次長及び業務部長に対し、管理職としての自覚を促し、その適性について判断するためにレポートの提出を求めたところ、原告のレポートは、他の両次長のそれに比べて格段劣る内容であった。

(6) 中井会長の引越しについて

総務部長職は、本部及び青森及び函館両支部の職員の最高位のポストであり、このような職責にある職員に対して中井会長が引越しの手伝いを要請することは考えられないことであり、引越しの手伝いをしなかったからそれを根に持って「いじめ」の対象とされたなどという原告の貧しく卑劣な考えに加え、手伝いに行かなくとも大丈夫か等と部下に念を押すというような自己の判断に対する自信のなさは、総務部長としての識見、判断の適性を欠くことの証左である。

(7) 職場における原告の勤務態度等について

総務部長の日常の業務は、会長や役員との打ち合せ、総務部所管にかかる業務を指揮し、総務部においてまとめたものの内容をチェックし、これを役員に説明し、また、役員から指示を受けた資料等の作成を部下とともに一緒に行う等、守備範囲の広いものである。このため、対内、対外の業務の動向を常に把握し、被告競技会の職務に精通していることが必要であり、日常の研鑚と努力がなければ職責を果たすことが困難な職務である。

原告は、右の自己研鑽と努力を怠った結果、日常の勤務態度において種々の問題行動をとったり、自己本位に休日を消化したり、役職員の親睦を目的とした慰安旅行に正当な理由なく参加しないなど、被告競技会の一般職員のトップの地位にある総務部長として著しく適性を欠く勤務態度をとっていたものである。

3  被告の主張に対する原告の反論

(一) 合理化推進委員会における対応について

(1) 合理化推進委員会は、昭和六一年に発足して以来昭和六三年までに六回開催されたものの、以後平成六年五月一九日までは一度も開催されなかった。原告は、平成六年度に委員に指名されたが、右同日以後開催されず、原告が総務部長に就任した平成七年四月一日時点では休眠状態であった。その理由は、当時の青森支部長、函館支部長代理らから職員の代表として審議できないという強い意見が出され、成案が得られないままに推移したためである。

(2) 中井会長が原告に対し、合理化対策の推進を指示した事実はない。また、合理化推進委員会、役員会及び労使協議会の事務の所管は総務部であるが、これらの会議の設定、出席者の日程調整、議題の設定及び必要事項の事前調整並びに会議における諸説名及び事後の議事録の作成等については、それぞれの会議毎に総務部の中で担当者が決っており、総務部長がすべてを行うものではない。

原告は、合理化推進委員会における基本方針案作成にあたり、①休日出勤手当について、②その他の手当について、③場間場外の日当支給について、④対外的に支出する経費の見直しについての四項目を担当したが、原告の作成したものについて大幅な修正がされたことはなく、ほぼ原案どおりに決定された。また、基本方針の取りまとめは、中井会長と委員会の事務局を担当していた総務課長が協議のうえ処理しており、原告は、委員会の一委員として出席し、分担した項目を責任をもって起案し、意見を述べており、一二分にその職責を果たした。

(3) また、平成七年四月及び五月の各ヒアリングにおいては、監督官庁である通産省車両課及び東北通産局機械情報産業課から出席者の指名がなされ、四月のヒアリング鈴木総務部次長及び坂本経理課長が出席し、五月のヒアリングには木本本部担当理事、鈴木総務部次長及び坂本経理課長が出席した。

東北通産局機械情報産業課のヒアリングには、木本本部担当理事、金成青森支部担当理事、松本函館支部担当理事、星監事、原告、坂本経理課長、武田函館支部長代理、吉川青森支部庶務室長代理の八人が出席し、同年八月三〇日に開催された役員において、「ヒアリング結果については、合理化推進委員会を継続して行っていく。」旨決定された。したがって、同年から平成九年までの三か年の経費削減計画の提出についても、役員会の決定にしたがって、合理化推進委員会において取りまとめることになったものであり、原告の怠慢によって作成されなかったものではない。

(4) 原告は、平成七年四月に総務部長に就任したばかりであり、必ずしも現状に一番詳しいという状況にはなく、とくに、合理化対策については、前述のとおり、合理化推進委員会自体が休眠状態で、委員長の木本本部担当理事も開催を提起できない状態にあったのであり、その責任を就任まもない原告にすべて押しつけようとする被告の主張には到底納得できない。

(二) 行政監察局への通報について

(1) 原告が実兄佐藤秀雄の通じて福島行政監察事務所に打診したのは、あくまでも原告の定期昇給凍結の件のみであり、被告が労働基準法に違反している疑いがあるとの情報を提供した事実は全くない。原告が佐藤秀雄に相談したのが定期昇給凍結の内示を受けた平成八年三月二五日以降であることは間違いなく、東北通産局から立入調査についての連絡があったのが同月二六日であるとすれば、原告が相談したその日のうちに福島行政監察事務所から東北通産局に照会が行き、被告に連絡が入ったということになり、通常の行政機関の対応としては異例の早さである。したがって、労働基準法違反の疑いがあるとの情報提供は、原告とは別の者がなしたものと推察される。同年四月二日、三日に行われた立入調査においては、本件昇給延伸処分については全く調査が行われなかったことも右推察を裏づけるものである。

本件昇給延伸処分は、すでに同年三月二五日に内示されている事実であり、それについて適正か否かを行政機関に相談することはなんら就業規則に違反する行為にはあたらない。原告に対して容認し難い違法、不当な不利益処分をし、その撤回を求められたにもかかわらず、それを維持することに固執し、やむなくその是正を求めた原告の行為について就業規則違反を指摘する被告の主張は、被告の隠蔽的、権威的体質を示すものである。

(2) 従来、行政監督庁におかれていた行政監察局は、現在総務庁に設置統合されたが、行政機関や特殊法人の業務の実施状況に関する調査、監察及び業務の改善に関して必要な勧告をなすことを職務として各県に支所たる監察事務所を置いている。一方、国民は、憲法上の権利として、いつでも、また、いかなる国や自治体の機関に関しても請願をなす権利を有しており、これを行使したからといってそのことを理由に何らの不利益な取扱いを受けないことを基本的権利として有している。

原告は、自己の受けた理不尽な本件昇給延伸処分について、上司たる理事及び監督官庁である東北通産局に相談しても埒があかなかったため、思案に思った挙げ句、調査是正させる手段としてやむなく実兄に相談し、実兄の勧めと判断に委ねて行政監察局への調査を依頼したものである。しかし、その際、原告は、被告競技会における雇用保険等の処理について違法、不適切な点があるとの指摘はしておらず、原告が依頼したのは、もっぱら原告自身が被った本件昇給延伸処分の合理性や適法性についての点のみであった。被告は、原告が実兄を通じて被告競技会において労働基準法違反の疑いのある業務執行をなしているとの通報を行ったとして、総務部長解任の大きな理由としているが、そこには、事実認定を誤ったという点と、さらに、原告に弁明の機会を与えて事実関係を調査しなかったという点において、二重に誤りを犯している。のみならず、不当な給与差別に対する救済申立てという正当な権利行使を敵視し、あるいは、嫌悪し、右権利行使に対する報復的意図をもって本件降格処分を行ったことを被告自ら自白しているものである。本件降格処分以後も、原告の執行場所や執務内容において、様々な差別的処遇や取扱いが行われ、陰に陽に嫌がらせが行われていることも本件降格処分の報復性を裏づけている。したがって、このような正当な権利行使に対して誤った事実認定のもとに報復としてなされた本件降格処分は、合理的理由を欠く人事権の行使であり、少なくとも人事権の濫用として許されない。

(三) 労働組合との団体交渉における対応について

被告競技会の組合交渉の段取り、事前調整は、これまで本部担当理事及び総務部長が行っていた。平成七年七月一三日に行われた交渉案件は、役員の処遇に関するものであったため、木本本部担当理事が竹谷前会長と打ち合わせしながら対応してきたもので、原告が直接関与するものではなかった。また、原告は、中井会長の指示を受けて、中井会長が作成したメモに基づき、同月一一日に木本本部担当理事とともに組合委員長、書記長と事前調査のための話し合いをし、団体交渉に臨む際の会長の意向を説明し、了解を求めている。

団体交渉に関する議事録の作成は、労働協約三一条の「双方から書記を出席させ議事録を作成する」との規定に基づき、被告競技会側は総務部次長が担当して作成してきたのであり、総務部長が作成することにはなっていない。本件の交渉案件については、中井会長が積極的に「柳谷函館支部担当理事の処遇問題について」と題するメモを作成し、組合との協定書も率先して作成したため、原告や本部担当理事が関与する余地はなかったものである。

(四) 副会長会における役割、言動等について

原告が当初作成した復命書の原稿には、副会長会における協議内容、結果について正確に記載してあったが、中井会長から記述の訂正を指示された際、右の結論部分の記述が抜けてしまったためと思われるが、意図的に行ったものではない。原告は、副会長会の議事内容を正確、適切に理解しており、それについて誤った内容を伝えたことはない。

(五) 中井会長の引越しについて

中井会長は、原告が引越しの手伝いをしなかったことから原告を快く思わなくなり、職員内部の中傷に惑わされた結果、些細なことにおいてもことごとく原告を「いじめ」の対象とし、このような不利益処分を行ったものである。これは、別紙経過一覧表の示すとおりである。

(六) 職場における原告の勤務態度について

確かに、原告は、平成七年四月に総務部長に就任したばかりで、必ずしも被告競技会の職務の全てに精通していたとはいえないが、それまでの総務部長と比べても原告が特に自己研鑚と努力を怠っていたという事実はない。

第三  当裁判所の判断

一  甲第一号証の一ないし五、第二ないし第七、第九号証の一、二、第一〇、第一一号証の一ないし四、第一二号証の一ないし一七、第一三号証の一ないし三、第一四、第一六ないし第二一号証、乙第一号証の一ないし五、第二号証の一ないし五、第三号証の一ないし四、第四号証の一ないし七、第五、第六号証の一ないし三、第七号証の一ないし三、第八、第九号証の一、二、第一〇号証の一、二、第一一号証の一ないし三、第一二、第一五号証の一ないし五、第一六、第一七号証の一ないし三、第一九号証の一ないし四、第二〇、第二三号証の一ないし四、第二四、第二五号証の一ないし四、第二六号証の一ないし四、第二七、第二八号証の一ないし四、第二九号証の一ないし三、第三一ないし第五一号証、証人成見利夫、同木本祐司、同佐藤秀雄及び同熱海彰の各証言、原告及び被告代表者各本人尋問の結果に言論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。

1  被告競技会の業務と組織

被告競技会は、競輪施行者(地方自治体)の委託を受けて、競輪の審判、検車、選手の管理、番組の編成の四部門について業務を実施し、車券の売上げの中から定められた計算式で算出した交付金を施行者から受け取り、これによって競技会を運営している。

被告競技会の組織は、本部組織と支部組織に分けられ、本部はいわき市にあり、支部は、青森市及び函館市にある。平成八年四月一日及び同年七月一日当時の本部及び支部の組織は、別紙組織表一及び二のとおりである。

同日における役職員の総数は六四名で、内訳は、本部二七名、青森支部一八名、函館支部一九名となっている。役員は、会長一名、本部担当理事一名、青森支部担当理事一名、函館支部担当理事一名、監事一名となっている。役員を除く本部職員は、二四名で、その内訳は、総務部九名(部長一名、次長一名、総務課三名、経理課四名)、業務部一一名(部長一名、次長一名、業務第一課三名、業務第二課三名、業務第三課三名)、専門役一名、本部付一名となっている。

2  総務部及び総務部長の業務

総務部の主な業務は、組織及び業務運営の基本方針に関すること、競技会業務の総務調整に関すること、諸規定の制定及び改廃に関すること、役員会その他重要会議の庶務に関すること、文書の接受、発送、審査及び保管に関すること、事業計画及び事業報告の作成に関すること、職員の採用、解雇、任免及び進退に関すること、職員の給与及び諸手当、服務及び賞罰、福利厚生に関すること、労働協約及び団体交渉労働組合に関すること、予算の編成に関すること、固定資産並びに物品の購入、管理及び処分に関すること、決算に関すること、資金計画の作成及び資金の運用に関すること、施行者からの交付金に関すること、現金、銀行預金並びに有価証券の出納及び保管に関すること、会計帳簿並びに証拠書類の整理及び保管に関すること、出走選手に対する旅費の支出に関すること、経理及び会計に付帯する事務に関すること等広範多岐にわたっている。

総務部長は、これらの業務について部下へ指示し、その成果を確認して処理し、必要に応じて会長に対して説明、報告することになっている。また、総務部長は、役員会の事務責任者、後述する合理化推進委員会の委員及び事務責任者、労使協議会のメンバーとなっており、被告競技会における重要会議の運営の責任者としても重要な役割を担っている。

3  被告競技会における人事と給与

被告競技会における役員人事は、定款で定められており、会長及び監事は通産大臣が任命し、理事は通産大臣の許可を受けて会長が任命することになっている。職員の人事は、採用から退職まで昇任昇格も含め、すべて会長が行うことになっている。昇任昇格については、組合も合意している内規があり、それによれば、四等級(課長代理相当)以下までは、学歴、年齢、在等級年数が定められている基準に達すれば、原則として昇任、昇格させるものとなっており、三等級以上については、昇格については会長が必要と認めた場合に行うことになっている。

なお、定期昇給については、今まで、国家公務員に準じた運用がされており、職員が昇給後一年間経過する前月末に、本部、支部の役員が一年間を良好な成績で勤務した該当職員について勤務成績を証明し、会長がこれを参考にして発令することになっている。被告競技会における定期昇給は、四月と一〇月の年二回行われている。

4  被告競技会の経営状況

被告競技会においては、総支出の約七〇パーセントを占める人事費が固定経費となっており、これらは、ベースアップにより年々増大する傾向にある。すなわち、被告競技会においては、収入の増減にかかわりなく支出が恒常的に増大する仕組みとなっており、車券の売上が減少すると、被告競技会の収支は逆転し、資産積立金の取崩しによる赤字補填及び他の競技会からの援助による赤字補填が必要となる状況にある。また、被告競技会は、他の自転車競技会に比べて、管内の東北、北海道の競輪ファンの数が関東、中部、近畿の競技会に比べて圧倒的に少ないこと、青森、函館支部の競輪場は冬季の間開催できないこと、青森、函館支部と本部とが遠く離れていて効率的な人員配置ができないこと等の弱点を持っている。

被告競技会における車券の売上は、平成五年をピークとして以後減少が続き、それに伴って地方自治体からの交付金も減少している。被告における運営収支は、平成五年度までは一〇〇〇万円から三〇〇〇万円程度の赤字で済んでいたが、平成六年度には一億四〇〇〇万円台、平成七年度には二億円台の赤字を計上する状況となっていた。被告競技会は、平成三年度には約一〇〇〇万円の資産積立金を取り崩して収支赤字を補填し、平成四年度には約三一〇〇万円を選手参加旅費プール資金から流用して赤字を補填し、平成五年度には約二一〇〇万円の資産積立金を取り崩して赤字を補填し、平成六年度には資金積立金の取崩しと他の競技会からの援助を合せて約一億四七〇〇万、円の赤字補填を行い、平成七年度にも前年度と同じ方法で約二億〇四〇〇万円の赤字補填を行い、平成八年度にも同様の方法で約一億〇七〇〇万円の赤字補填を行った。

5  監督官庁による指導等

(一) 通産省によるヒアリング

通産省機械情報産業局車両課は、平成七年四月二四日、被告競技会に対し、経費節減のためのヒアリングを行った。右ヒアリングには、鈴木総務部次長及び坂本経理課長が出席した。また、通産省機械情報産業車両課長は、右同日、各自転車競技会の赤字経営の状況を踏まえて、各競技会に対し、「可能な限りの経営改善努力の継続」をすることを求めるとともに、同月二七日、自転車競技会の上部団体である自転車競技会全国協議会の会長に対し、「平成六年度自転車競技会の赤字補填について」と題する書面を配布し、各自転車競技会の赤字補填についての処理指針を指示した。

(二) 東北通産局によるヒアリング

東北通産局機械情報産業課は、同年五月一七日、被告競技会に対し、経費節減のためのヒアリングを行った。右ヒアリングには、木本本部担当理事、鈴木総務部次長及び坂本経理課長が出席した。

(三) 通産省機械情報産業局車両課による指導

通産省機械情報産業局車両課は、同年七月、各自転車競技会に対し、各競技会の運営状況をヒアリングした結果をまとめて、「自転車競技会ヒアリング結果」と題した資料を提供し、各競技会における赤字運営を深く憂慮するとともに、各競技会の職員給与が中小都市の公務員給与よりも高額となっている事実をも指摘し、各競技会における経営改善・案定化対策への取組みの必要性を対処指針としてまとめた。また、各競技会における執務体制の見直し、役職給与の抑制及び見直し等の各種の改善・見直しを提言した。

(四) 東北通産局によるヒアリング結果に基づく指導説明会

東北通産局機械情報産業課は、被告競技会に対し、同年八月九日、ヒアリング結果に基づき、被告競技会の合理化についての今後の対応方針について説明を行った。右説明会には、北海道通産局機械情報産業課職員、東北通産局機械情報産業課職員、木本本部担当理事、星監事、原告、坂本経理課長、松本函館支部担当理事、金成青森支部担当理事等が出席した。

(五) 合理化推進委員会の開催状況及び検討結果の報告

被告競技会は、平成八年二月二七日、東北通産局機械情報産業課に対し、合理化推進委員会開催状況について報告を行った。右報告には、東北通産局機械情報産業課職員、被告競技会の木本本部担当理事、原告、総務課長、経理課長等が出席した。さらに、被告競技会は、同年六月五日、東北通産局機械情報産業課及び北海道通産局機械情報産業課に対し、合理化推進委員会の検討結果について報告を行った。右報告には、東北通産局機械情報産業課職員、北海道通産局機械情報産業課職員、原告が出席した。

(六) 自転車競技会全国競技会によるプロジェクトの発足

自転車競技会全国協議会は、各競技会が赤字に転落した事態を重く見て、各競技会の職員参加の下に、「自転車競技会の基本運営に関するプロジェクト」を発足させ、平成八年一〇月に答申書が出された。

6  被告競技会における合理化対策

(一) 平成八年七月一日機構改革以前の合理化対策

被告競技会は、従来、本部(いわき市)、函館支部、青森支部、福島県支部(いわき市)の四部体制であったところ、昭和五九年、福島県支部を本部へ統合することによって組織の見直しを図った。その後も事務経費の削減等を実施し、昭和六一年には、合理化推進委員会を設置し、経費削減、健全財政の確立に努力した。平成四年度には、車券売上の低迷に対応して、被告競技会独自の取組みとして、消耗備品費、通信運搬費、印刷図書費、自動車費、出張旅費、交通費、会議費、交際費、福利厚生費等の経費について一〇パーセントの削減を行った。このように、被告競技会においては、一応の合理化対策が行われたが、例えば、合理化推進委員会は、被告を取り巻く社会環境の変化に対応した適確な合理化策を提言するなどの対応を果たすことができず、あまり効果は上がらなかった。そのような中、当時の竹谷会長の下、平成六年五月一九日に同年度第一回運営合理化推進委員会が開催され、出張旅費、寒冷地手当、被服貸与等について議論がされ、同年一二月一九日には自転車競技会の財政改善策について検、同年度末の役員会において合理化推進計画が承認されたが、右計画を実施するうえで問題が生じていたこと、組織活性化のための施策が織り込まれていなかったこと等から、計画全体を白紙に戻し、新たな観点から再度、合理化計画を策定することとなった。なお、この当時の合理化推進委員会は、委員長を木本本部担当理事が努め、総務部長、業務部長等が構成員となっていた。

(二) 中井会長の就任と合理化施策の実施

中井会長は、平成七年七月一日、被告会長に就任したが、その直後から、被告の運営が慢性的赤字に転落しており、その赤字幅もますます増大している現状を知り、監督官庁である通産省が各競技会の経営改善・安定化対策への取組みを厳しく指導している状況を踏まえて、被告の経営改善に向けて本格的に措置すべきことを喫緊の課題であると判断した。

なお、中井会長は、平成八年五月一〇日病に倒れて入院し、一旦退院したものの、同年七月一七日再入院し、同年九月三日死亡した。その後、木本本部担当理事の後任の成見本部担当理事が会長職務代理を努め、平成九年三月一日、原田和幸が会長に就任し、現在に至っている。

(1) 合理化推進委員会設置運営要領の改正

中井会長は、平成七年一一月三〇日、被告の持ち回り役員会において、合理化推進委員会設置運営要領を改正して、同委員会を単なる意見具申機関から責任をもって実施に当たる決定機関にその性格を改めるとともに、委員会の委員長に会長自らが就任し、委員会による検討・討議を通じて被告の経営改善・安定化対策に向けた合理化施策を打ち出し、その推進を意欲的に進めるべく、同委員会組織の立て直しを図った。なお、合理化推進委員会の構成員は、委員として木本本部担当理事、原告、富岡業務部長、土橋業務部長次長、武田函館支部部長代理、田中青森支部長代理の六名、監事として佐藤昌夫総務課長、坂本経理課長の二名であった。

(2) 合理化推進委員会の開催と検討事項の審議、合理化推進委員会検討結果の取りまとめ

中井会長は、平成七年一二月一九日、第一回合理化推進委員会を開催して右合理化推進委員会設置運営要領の改正を正式に決めるとともに合理化策の検討を開始し、翌二〇日には被告の役員会で同委員会に検討させる事項(検討事項)を審議し、平成八年一月一〇日には第二回合理化推進委員会を開催し、検討事項の選定を行い、同月二二日には第三回合理化推進委員会を開催し、検討事項の確定、個々の事項についての自由討議を行い、同月三一日には第四回合理化推進委員会を開催、検討事項について中間取りまとめを行い、同年二月一五日には第五回合理化推進委員会を開催して、合理化推進基本方針(案)について検討を行うなど、集中的に討議検討し、同月二〇日にはその結果を合理化基本方針として役員会に報告して承認を得た。右の合理化施策の基本方針の骨子は、「合理化推進委員会検討結果」として要約され、被告の労使協議会においても説明され、職員の諸手当の廃止に係る事項については労働組合の同意を得た。

右の「合理化推進委員会検討結果」においては、1組織・機構・人員関係の項目において、「本部の組織、人員構成を再検討し、平成八年六月から七月実施を目途として、本部機構の強化、適材適所の人員配置、必要な組織改正を行う。」旨が宣言され、7組織の活性化対策の項目においては、「長期的に検討を重ねていくが、当面は、組織改正、適正人事配置等を通じて、職場の活性化を推進していくものとする。」旨が宣言されている。

(3) その後、被告競技会においては、右の合理化推進委員会検討結果を基礎として、実施に向けての具体的な段取りを進めることとなっていたが、平成八年五月一〇日中井会長が病に倒れて入院し、その後同年九月三日死亡したため、日程調整の困難等から数か月中断した後、同年一〇月三日、同年度第一回合理化推進委員会が開催された。右第一回合理化推進委員会においては、これまで検討してきた合理化推進基本方針と自転車競技会全国協議会によるプロジェクトの検討事項も併せて審議され、基本的な成案がまとまり、右成案は、同月八日の役員会の承認を得るに至った。さらに、右成案は、労使協議会にかけられ、三日間に及び労使協議会を経た後、組合の協力を得て具体的に合理化対策を進めることになった。

右合理化対策のうち赤字削減のための対策の主なものは、役員の特別暫定手当(役員本俸月額の九パーセント相当)の自粛、職員給与の勤務手当の五パーセント及び管理職手当の一〇パーセントの自粛、休日出勤手当の自粛、開催業務手当及び研修費等のカット、福利厚生費の縮減等であり、これを役員については平成八年一一月から、職員については平成九年一月から実施し、その他経費の削減に努めた結果、平成八年度決算の赤字額は平成七年度赤字額の約半分となった。

7  原告の総務部長在職中の勤務態度等について

(一) 平成七年四月一日、当時の総務部長松本清祐が役員に任命され、総務部長職が空席となった。当時の竹谷会長が木本本部担当理事に対して後任人事について相談したところ、木本本部担当理事は、竹谷会長に対し、年功序列を第一に考え、当時業務部長職にあった原告が年齢、経歴などから総務部長に最も近いところにあるとして推薦した。竹谷会長は、右推薦を受け、性格的、健康的な面において問題があるとしながらもいわゆる年功序列による判断として、原告を一等級に昇給させ、総務部長に発令した。

原告が総務部長に発令されて三か月経過した後、中井会長が被告の会長に任命されて着任したところ、中井会長は、前記6(二)のとおり、被告の経営の実態、通産省の指導の状況を知り、被告の組織、運営の合理化が緊急の課題であると認識し、積極的に被告の経営改善策を模索し、行動した。中井会長は、右の過程において、総務部長である原告に対し、種々の説明を求め、指示を与えたところ、原告は、被告の業務一般に関し、総務部長になってまだ日が浅いので分からない等と弁解することがしばしばあった。中井会長は、同年一一月半ば過ぎころ、原告に対し、右のような弁解をすることは不当である旨厳しく指摘した。その後、原告は、右のような弁解を用いなくなった。

(二) 合理化推進委員会における原告の対応

(1) 原告は、合理化推進委員会における自己の立場の位置付けについて、「あくまでも自分は、合理化推進委員会の一委員であり、事務局責任者でなく、役割分担からしても、自分が基本方針案の取りまとめに関して直接指示したりする立場ではなかった。」、「合理化推進基本方針の一部(手当、日当、対外支出など)を分担させられているに過ぎない。」と考えていた。

第一回から第五回までの各合理化推進委員会においては、各委員及び監事がそれぞれ検討事項を提出し、それらの検討事項を二〇項目に集約し、逐次項目ごとに審議が行われ、各委員及び監事らの発言等は議事録に記録された。その議事録の中で原告の発言として記録されているのは、原告提案の人件費の合理化という項目について「対外的なものを含め、どの辺まで合理化するか検討してほしい。」との要望のみであった。

(2) 平成七年一二月一九日に開催された第一回合理化推進委員会において、合理化推進委員会設置運営要領が改正され、委員会の審議の結果を明確にする必要から、委員会の決定については、役員会で審議を経て被告協議会の決定となし得るものとし(設置運営要領二条二項)、労働条件等に関する委員会の決定は、役員会の審議を経た後別途労使協議会に付議するもの(設置運営要領二条三項)とされた。このとき、中井会長は、「組織の存廃が問われているときには雇用及び労働条件も聖域ではない。したがって、危機的状況では人件費も聖域ではない。」、「まず、合理化推進委員会で結論を出し、その後に役員会にかけて組合交渉を行う。」として、改正趣旨、主要改正点及び改正点に関するコメントを記載した資料を席上各委員に配布のうえ、説明を行った。

原告は、平成八年一月一〇日に開催された第二回合理化推進委員会において、人件費等について検討が行われた際、労使協議会において取り上げるべき問題であると発言した。これに対し、中井会長は、人権費等についてもまず合理化推進委員会で必要な対策を決定したうえで役員会の審議にかけ、その承認を得た後に労使協議会で調整する予定であると原告の発言の誤りを訂正した。このように、前回の委員会において資料を配布のうえ説明していたにもかかわらず原告から右のような発言があったため、中井会長は、第一回合理化推進委員会議事録作成案の末尾に、「第二回委員会において、いまだ合理化推進委員会と役員会及び労働組合との関係について十分理解していない委員がいることが判明した。もう一度、『合理化推進委員会設置運営要領』及び『改正点について』をよく読んでおいてもらいたい。」と付記した。

(3) 第二回合理化推進委員会においては、各委員が検討事項の提案を行ったが、原告が提案したのは、事務費の再合理化、対外的に支出する経費の見直し、人件費の合理化、平常業務・開催業務の適正人員、全職員からの合理化案の提出というものであった。これに対し、本部支部の再編成を含め、組織全体の見直しをして効率化を図るという中心的課題及び競輪場開催の執行体制を再検討し、それに必要な適正人員を算出するという中心的課題、受託業務の拡大など収益増進のための積極的な対応策という課題は、原告以外の委員らが提案したものであった。

そして、原告の提案のうち、最後の全職員からの合理化案の提出については、第一回合理化推進委員会においてすでに中井会長が指示していたものであったことから、中井会長は、各委員に対し、前回の委員会で取り決めたことはしっかりと把握しておいてほしい旨要望した。

(4) 第四回合理化推進委員会においては、各委員が項目別に検討事項を分担し、討議が行われた。原告は、休日出勤手当、その他の手当、場間場外の日当支給、対外支出経費の見直しの四項目について担当したが、原告が提出した部分は、不十分であるとして中井会長らによる大幅な修正が施されたうえで成案となった(原告本人は、大幅な修正はされていないと供述(陳述書の記載も含む。)しているが、証人成見利夫の証言(陳述書の記載も含む。)に照らして採用できない。)。

(三) 監督官庁によるヒアリングへの欠席

通産省機械情報産業課は、被告競技会に対し、平成七年四月二四日に開催予定の合理化対策についてのヒアリングについて、対象として「総務部長、経理部長等」との指名を行った。原告は、総務部長に就任してから間もないという理由で右ヒアリングへの出席を断った。そこで、木本本部担当理事は、鈴木総務部次長と坂本経理課長を右ヒアリングに出席させた。次いで、同年五月一七日東北通産局機械情報産業課による同趣旨のヒアリングがあったが、原告は、出席者として指名されていなかったこと、木本本部担当理事からの指示がなかったことを理由に出席しなかった。

また、同年八月九日、東北通産局機械情報産業課から、再度、合理化計画についてのヒアリング(前記5(四)の説明会)を行う旨の通知があった。その際、同課は、被告競技会の合理化については、本来総務部が窓口にあって、率先して対応すべき問題であり、しかも重要な問題であるから本来総務部長が監督官庁のヒアリングに出席すべきであるのに、従前のヒアリングでは、総務部長が出席していなかったため、今回のヒアリングには、関係理事、関係部長、関係課長がすべて出席するように求めた。その結果、関係理事、関係部長、関係課長全員が出席するようにと指示した。右指示を受けて、被告競技会からは、会長を除き、本部及び支部の役員全員、原告、経理課長等が出席した。右ヒアリングの後、東北通産局機械情報産業課は、被告競技会に対し、平成七年から同九年までの三か年の経費節減計画の作成を指示した。被告競技会は、平成七年八月三〇日に開催された役員会において、ヒアリングの結果については合理化推進委員会で継続して検討していくこととした。

(四) 副会長会における議事の報告

中井会長は、平成七年七月二四日、関東自動車競技会本部会議室において開催された同年度第二会自転車競技会全国協議会副会長会に原告を伴って出席した。右副会長会において、近畿自転車競技会副会長から、同年度第一・四半期参加旅費調整(案)について、「選手の参加旅費の負担率が高く、近畿自転車競技会自体でも千分の1.93の負担率で計算すると赤字になることが見込まれるので、本年度は、他の競技会への送金は勘弁してほしい。」旨の意見が出されたが、最終的には、右意見については自転車競技会全国協議会が後日調整することとなり、近畿自転車競技会を除いた他の競技会全員が右調整案を承認したので、右調整案は、原案どおり可決された。

これに対し、原告が同年八月三日付で作成した右会議にかかる復命書においては、近畿自転車競技会から意見の申立てがあった点及び後日の協議の点については記載があるものの、近畿自転車競技会を除いた他の競技会全員が右調整案を承認したことによって原案どおり可決されたという重要な結論部分の記載がなかった。

また、松本函館支部担当理事は、原告に対し、右副会長の議事内容について説明を求めたところ、原告から、「今年度から一般会計の赤字補填もなくなった。選手の参加旅費プール制度も否定され、第一・四半期の参加旅費の調整はされなかった。」との説明を聞き、赤字補填の廃止や参加旅費プール制度が否定されれば遠隔地にある被告競技会の運営上死活問題であるため不安に感じ、中井会長に問い合わせた。右問い合わせに対し、中井会長は、「それは間違いだ。近畿自転車競技会から拠出負担率に異論が述べられたが、参加旅費プール制度は否定されていない。」と説明した。その後、参加費不足分は、右調整案どおり、近畿自転車競技会からは同年八月一七日付で、南関東自転車競技会からは同月一八日付でそれぞれ被告競技会の口座へ振り込まれた。

(五) 労働組合との団体交渉における原告の対応

原告は、平成七年秋、使用者側代表の一員として労使協議会に出席した際に、「自分は、単なる立会人であって組織を代表して発言すべき立場にない。」との発言をした。中井会長は、原告に対し、労使協議会終了後、「使用者の利益代表について」と題する書面(乙第四号証の二)を交付し、総務部長は組織、職員に責任をもつとともに、労働組合との間でも適正な労使関係の樹立に努める義務があり、労働基準法はもとより労働組合法についても基礎的知識をもつよう努力すべき義務があること、役員及び次長以上の管理職にあっては、積極的に組織体の立場に立って利益主張を行うべき職務上の義務があること、対組合の場において組織体の意思に反する主張あるいは傍観者的な態度をとることは職務義務違反となること等、組織と労働組合の関係について教示した。

(六) 青森市長宛の陳述書の文案作成における懈怠

中井会長は、平成七年一二月ころ、原告に対し、青森支部の競輪場内設置に関して青森市長宛の陳情書を提出するに際し、その文案作成を命じた。原告は、数日間を要して文案(乙第二六号証の四)を提出し、中井会長は、右文案を修正しようと試みたが、到底修正できる内容でないと判断し、結局、自ら文案(乙第二六号証の二)を作成して青森市長に送付した。その際、中井会長は、原告に対し、文書を作成するときはその文書を受け取る相手がその文書を読んでどのような気持ちを持つかを考えつつ相手の気持ちになって書く必要がある、せっかく文書を書く以上はおざなりであってはならない、相手の立場に配慮しつつ当方の意思も的確に伝わる配慮が必要である、要望書の類は説得文書であり、当方の誠意を理解してもらうとともに相手方をして当方の意に応えたい情を喚起するものでなくてはならない等文書を作成する際の基本的留意事項について教示し、文書送付に際して細かい注意事項を指示した。

(七) 原告によるレポートの提出

中井会長は、平成八年二月一五日、総務部長である原告、鈴木総務部次長、土橋業務部次長に対し、これまでの経歴の中でどのような仕事をしてきたか、自ら企画立案し、実行したことによって被告競技会に貢献してきたことについて同月末日までレポートを提出するように求めた。なお、中井会長は、右のレポートにおいては、出席した会議についての記載等典型的なものは不要であり、現在の職責についての心構え、所掌事務の運営方針があればそれらを記載することを指示した。

原告は、右指示を受けてから一四日後の同月二九日にレポートを提出したが、右レポートには、業務部長を二年六か月、総務部長を一一か月担当したが、この間自ら企画立案し、実行したことの有無については記載がなかった。また、業務部長の時に審判の委員として協議規則の改正に参画したこと、東日本地区のアマチュア競技記録会を実施したことの記載とともに、中井会長が記載不要とした会議の出席についての記載が詳細になされていた。更に、現在の職責についての心構え、運営方針については、合理化を積極的に推進し、電話投票業務の拡大を図り、組合と協調して明るい職場作りに努力するとのみ記載されていた。

(八) 役員会等で決定された事項についての改正手続の懈怠

被告競技会では、平成八年二月二〇日の役員会において、就業規則の一部改正及び育児休業に関する規定の改正が承認された。これらは就業規則の一部変更を伴うものであるため労働協約一一条によって労働組合との協議が必要な案件であったが、労働組合との文書協議が行われたのは役員会から一か月以上経った同年三月二六日であり、同日付で組合の同意があり、翌同月二七日付で就業規則変更の手続がなされた。中井会長は、原告が総務部門担当者会議に出席して育児休業法の説明を受けていたことから、事前に勉強して役員会で説明するようにと指示していたが、原告は、同年二月二〇日の役員会において、「育児休業法に関する規定(例)」をそのまま読み上げたのみで、それ以上の内容の説明をせず、役員らからの質問にも正確に答えることができなかった。そこで、中井会長が役員らに説明し、会議を終了させた。

8  平成八年三月ころの中井会長の人事についての認識内容

中井会長が右の当時考えていた人事等に関する認識内容は次のとおりであった。

(一) 機構改革に伴い予定される人事異動上の理由

被告競技会においては、平成八年七月を目途に「本部が担当すべき総合調整、対外折衝を中心とする機能」と「競輪開催中に競技系として処理すべき業務」とを分離して、従来不十分であった本部として担当すべき機能の強化・改善を図ることとし、これに伴う上級幹部職員(特に課長級以上)の大幅な異動を予定する。その内容については、通産省をはじめとする監督官庁と協議中である。

したがって、同年三月に退職が予定される課長ポストについても、①機構改革に伴う組織変更による短期・頻繁な異動を避けるため、また、②異動対象を極力広くし、適材適所人事の実行を確保するため、四等級から三等級への昇格を七月まで延期し、二等級以上についても、七月の異動を待ってポストに適合した処遇を決定すべく、定期昇格・昇給を含め四月の改訂を見送ることとする(なお、四等級までの定期昇格・昇給については、労働組合との合意に基づき従来どおり四月には実施することとする。)。

青森、函館両支部については、本来、支部組織そのものが競輪開催に合わせた競技会組織として編成されており、したがって、本部におけるような組織改正を予定していないため、二等級以上についても四月の定期昇格・昇給該当者について慣例に従った措置をとる。

(二) 定期昇格・昇給の経過期間について

定期昇格・昇給の期間は、職員給与規定九条において、「一二か月以上良好な成績で勤務した者」となっていて、一二か月は、その最低条件を示したものであり、個別の労働契約としても、使用者が右期限到来をもって定期昇格・昇給させるべき義務を負うものではない。また、良好な成績については、本人の主張に確たる実証があるのであれば格別、上司の人事考課(査定)に基づき、最終的には、使用者が責任をもって判断すべきものであり、経過期間の最低条件が満たされたことをもって、直ちに昇給・昇格請求権があるとは考え難い。なお、四月の人事に関し、三月中旬本部担当理事から、本部所属職員の勤務成績の良否について上申があった場合でも、七月の機構改革の関係、加えて、本人の勤務状況に関する評価も伝えたうえ、削除することもあり得る。

(三) なお、中井会長の前任者である竹谷会長在任中の人事に関する調整プロセスは、①昇任、昇格、配置換え等の人事異動を行うことが必要であると認められる場合には、前もって役員会の開催時において、役員会議案の終了後に「当面の諸問題」として当該案件を付議する、②出席して審議を行う構成員は、会長、本部担当理事、青森及び函館支部担当理事、監事の五名である、③審議の方法は、本部及び各支部担当理事より、④後日、各支部担当理事は、文書をもって人事発令案を本部担当理事宛に提出する、⑤本部担当理事は、総務課長に提出された人事案件の整理と起案を命じ、会長の決裁を仰ぐ、⑥なお、定期昇給は、四月と一〇月の年二回行われており、通常の場合、職員については該当月にそれぞれ昇給させており、「当面の諸問題」として諮ることはなかった、というものであった。

中井会長は、被告競技会における従前の人事調整プロセスに疑問を呈し、人事は役員会の中で談合して決めるものではなく、各担当理事の意見、要望を受けて会長が決めるものであることを理由に右プロセスを変更するように指示し、平成八年三月一八日開催の役員会から、議題の中の「当面の諸問題」を削除し、必要があれば役員会が終了した後に会長室で個別に相談することとした。

なお、被告競技会においては、過去において、病気が長引いて定期昇給が延伸されたというケースがあったが、それ以外で定期昇給が延伸された例はなかった。

9  中井会長による本件昇給延伸処分

(一) 中井会長は、合理化推進委員会の検討結果が承認されたことを踏まえて、右8のとおり、平成八年六月から七月を目途に本部機構の強化のため、適材適所に基づいた人事配置を構想したが、その構想において、原告について、その統率力、指導力、熱意、意欲及び能力等において、被告が当面する緊急の懸案課題を処理していくには総務部長として不適格であると判断し、適格な余人をもって任命しなければならないと考えた。そこで、中井会長は、同年四月一日に実施される定期昇給発令に関し、原告について、総務部長職にある者としては期待される十分な勤務成績を上げていないこと、一等級で高額の給与額にあり定年も近い年齢であること等を考慮し、一二か月の勤務期間での昇給を見合わせ、昇給期間を三か月延伸すべきものと判断した。

(二) 木本本部担当理事は、平成八年三月七日、中井会長に対し、原告を含め、四月に定期昇給の対象となる者全員について職員給与規程九条一項の所定の期間を良好な成績で勤務したことを証明する旨の文書(勤務成績証明書)を作成して提出したところ、中井会長は、木本本部担当理事に対し、原告についてのみ定期昇給を延期する方針であることを伝えた。木本本部担当理事は、中井会長に対し、二、三回にわたり、他の職員と同様に原告も四月の定期昇給該当者であるので昇給を承認するように求めた。中井会長は、①職員給与規程によると、一二か月以上の期間を良好な成績で勤務したときは昇給させることができると規程されているが、七月以降原告の総務部長としての仕事ぶりをよく見てきたところ、何を聞いても、総務部長になってから一年も経っていないと逃げており、総務部長としての仕事は何もしておらず、職責を果たしていない、②総務部長の年収は役員を上回っており、職員のトップにいて前向きに仕事をしなければならない立場の人間が何もできないし何もやってこない、このような人間が良好な成績を収めたというのであればそれを証明してほしい、③七月に本部の機構改革を行い、それに伴って大幅な人事異動を考えている、④木本本部担当理事は不承知かもしれないが、会長として総合的に判断しているので、本人から不満が出れば対応する、等の理由を述べた。木本本部担当理事は、最終的に、中井会長の意思に従い、改めて、原告を除いた勤務成績証明書を提出した。

(三) 木本本部担当理事は、平成八年三月二五日、原告に対し、同年四月一日に予定されていた定期昇給を延伸することを告げた。原告は、その場から中井会長宅へ電話をし、昇給延伸の理由を問い質した。中井会長が一年以上良好な成績で勤務した者でなければ昇給させなくともよいとの返事をしたところ、右返答に納得できなかった原告は、中井会長に対し、自分の名誉や将来のこともあるので、必要な措置をとるつもりであることを伝えた。なお、そのころ、中井会長は、右処分を決定するに当たっての理由書も作成している。

原告は、同じころ、金成青森支部担当理事に対し、中井会長から昇給延伸を告げられたので何とか善処してほしいと要請した。金成理事は、右要請を受けて松本函館支部担当理事とともに、中井会長に対し、原告についての昇給延伸の理由について説明を求めたところ、中井会長は、木本本部担当理事に対して述べたのとほぼ同様の理由を述べ、原告の昇給延伸処分を変更する考えはないことを明らかにした。さらに、原告は、中井会長に対して面談を要求し、定期昇給延伸の期間について質問をしたが、中井会長は、具体的な期間についての返答はしなかった。

10  原告が行った行政監察局への通報について

(一) 原告は、平成八年三月二五、六日ころ、当時雇用促進事業団に勤務していた実兄の佐藤秀雄に対し、本件昇給延伸処分の内示があったことを伝え、そのような処分が許されるかどうか相談した。佐藤秀雄は、たまたま職場に元福島行政監察事務所次長の小林廣がいたことから、右小林に対し、原告から相談を受けた内容についてさらに意見を聞いた。小林は、通常そのような処分は考えられないので昇給延伸の理由を調べてみようと答えた。その後、佐藤秀雄は、同年四月一日付で職業能力開発促進センターに転勤になった。

一方、原告は、同年三月二五日、東北通産局産業商工部機械情報産業課(現在の産業部機械情報産業課)の熱海課長補佐に対し、公務員において定期昇給を延伸するという処分を行ってもよいのかどうかについて問い合わせをした。熱海課長補佐は、右問い合わせに対し、内部的な問題であるので組織内で対応してほしいと返答した。熱海課長補佐は、同月二六日、福島行政監察事務所行政相談課斎藤課長から、被告競技会について、労働基準法に違反している事項があるとの匿名の通報があったので調査してほしい、調査内容は労働三法に関わる保険料の徴収及び届出関係についてであるとの電話連絡を受けた。右の際、熱海課長補佐は、右通報は被告競技会において定期昇給延伸処分を受けた者からの間接的な形でなされたものであると聞いた。

東北通産局は、中井会長に対し、労働基準法に違反している疑いがあるとの情報があったので調査を行う旨の事前の連絡をしたうえで、同年四月二日及び三日の両日にわたり、熱海課長補佐及び後藤係長を調査に向かわせ、原告、総務課長及び経理課長の立ち会いのもと、雇用保険、労働保険、社会保険等についての手続、記載事項について立ち入り調査を行った。右の際、本件昇給延伸処分については特段調査も行われなかったが、原告は、右調査が「自分のことで来た。」と認識しながら、異議を述べたりしなかった。右調査の後、被告競技会は、何らの問題もない旨の説明を受け、さらに、情報の通報をした機関に対しては通産局から後日報告する旨の指示を受けた。

(二) 一方、木本本部担当理事は、平成八年四月五日ころ、熱海課長補佐から、行政監察局福島事務所の樋渡行政相談課長が、被告について雇用保険等について不正があると通告した人物と定期昇給延伸処分を受けた人物は同一人物であり、被告競技会内の人物であると言っていたことをきいた。木本本部担当理事は、同月八日ころ、中井会長に対し、右の事情を報告した。中井会長は、右報告を聞き、本来であれば総務部長自らが調査をして不正の有無を確認すべきであるにもかかわらず、右のような通報を行ったことについて非常に立腹した。中井会長は、同月一〇日付の松本函館支部担当理事に宛てた書簡の中で、「甲野太郎の件、別紙のような事情が判明しました。後任として推薦された方には申し訳ないが、総務部長職を任せておけるような人物とはとても考えられません。」と記載し、別紙として「H8、4、9、東北通産局による雇用保険関係調査について(経緯)」(乙第一〇号証の二)と題する書面を添付した。

11  中井会長による本件降格処分

(一) 中井会長は、平成八年四月九日ころ、原告が行政監察局福島事務所に対して被告競技会について雇用保険等について不正の疑いがあるとの通報を行ったものと判断し、雇用保険についてはたとえ前任者について何らかの過失があったとしても職務継承責任から総務部長である原告が責任を負わなければならない、それにもかかわらず外部機関に通報した責任は免れない、また、総務部長に就任後是正の義務を怠った責任も問われるべきである、雇用保険の処理において何らの不正が認められなかった場合は、確たる根拠もないままに外部に通報したことになり、就業規則七条一号の被告競技会の名誉を毀損する行為であり、就業規則四三条の懲戒解雇事由にもあたる行為であると判断し、機構改革の時点までは総務部長の職に留めるが、実質的には総務部長としての職務は期待しないと判断した。

同年四月以降、中井会長は、原告に対し、これまで総務部長として原告が出席していた自転車競技会全国協議会の副会長会、共済会の理事会、労使協議会等に出席しなくともよいとの指示をし、労使協議会や全日本プロ選手権自転車競技大会等については原告の代わりに総務課長や総務部次長に出席するように指示をした。

(二) 一方、被告競技会の労働組合執行委員長渡辺繁は、中井会長に対し、平成八年三、四月ころ、定期昇給延伸については前例があまりなかったことから、本件昇給延伸処分についてできる範囲で延伸措置を取らないようにと働きかけた。中井会長は、「定期昇給は、職員給与規程九条において一二か月以上良好な成績で勤務したときに昇給させることができるというものであり、一二か月が経過したら定期昇給させなければならない義務があるというものではない。良好な勤務成績かどうかは、本人の主張に確たる実証があれば格別、上司が人事査定に基づき、最終的には、人事権者が責任をもって判断する。」と答えた。渡辺繁は、さらに、定期昇給を延伸するについては事前に本人に反省させるなり、何らかの対応をすることができなかったか等質問したが、中井会長は、「こうなる前に本人に対しては何度も厳しい言葉で言ってある。それが理解できないのであれば子供と同じではないか。」と答えた。その後、渡辺繁が労働組合の本部支部の部会において、本件昇給延伸処分について経過説明をしたところ、会長の感情によって行われたのではないか、定期昇給は当然に行われるべきではないか等の意見もあったが、概ね、中井会長の本件昇給延伸処分が職員給与規程によった勤務成績判断の結果によるものであるとの説明を納得する様子が見受けられた。また、渡辺繁は、原告について、非組合員であるが職員であるので、中井会長に対して嘆願書を提出して擁護してはどうかとの意見を求めたが、賛成を得られなかった。

労働組合は、同年六月一九日、同年度第一回労使協議会において、「甲野部長定期昇給延伸問題」を議題として被告の意見を聞いた。その議題の際には、原告個人の問題に係わるとの理由で原告は退席した。中井会長は、人事権の運用として上位の等級の職員の昇給基準等の運用にはその職責に応じた勤務成績を考慮すること、その場合には担当理事の意見なども尊重して整合性のある全人格的判断をすること、合理化推進委員会でも検討した組織改革を急いでおり、七月には大規模な適材適所の人事異動を行うこと等の説明をしたが、組合からそれ以上の質問等なかった。

(三) 中井会長は、平成八年六月二五日、原告に対し、本件降格処分を内示したうえで、同年七月一日付で実施された被告の組織機構の改革を伴う人事異動発令において、本部総務部長には当時業務部次長であった土橋良臣が適任であるとして発令し、原告についてはその等級身分に変更を与えないまま本部付を発令し、定期昇給については、三か月延伸して昇給を発令した。

12  その後の原告の職務

原告は、本件降格処分後平成九年三月まで本部付きとして平常業務と開催業務等について本部担当理事の指示を受けながら、競輪開催中は、一階のファン相談室と審判控室において苦情処理の窓口業務を担当し、それ以外の平常時は、本部の事務室において合理化推進委員会の経過やプール資金についてまとめたり、会報を作ったりして勤務している。なお、被告競技会は、平成一〇年九月一日付で、原告に対し、同月五日から同年一一月六日まで、サテライト六郷場外車券売場において集計室責任者として執拗せよとの業務執務命令書を出した。

二  争点1(本件昇給延伸処分は差別にあたり無効となるか。)について

1  一において認定したところからすると、被告競技会では、従前、定期昇給は、上級幹部職員とそれ以外の一般職員との区別なく、病気による長期欠勤等の場合以外は一二か月経過すれば行われており、延伸された事例がなかったこと、すなわち、被告競技会における職員給与規程九条一項の「良好な成績で勤務した」とは、所定期間内に遅刻や無断欠勤、長期病欠等がなく、与えられた職務を通常に遂行していれば特に勤務成績を査定されることなく、これに該当するというように運用されてきたと一応いうことができる。実際、木本本部担当理事は、平成八年三月七日、中井会長に対し、原告を含めて同年四月に定期昇給の対象となる者全員について職員給与規程九条一項に定める所定の期間を良好な成績で勤務したことを証明する旨の文書を上申しており、中井会長が本件昇給延伸処分の意向を示した後も、同理事は、中井会長に対し、数回にわたり、原告に対する本件昇給延伸処分を翻意するように申し入れたことが認められる。このような事情を総合すると、本件昇給延伸処分は、同年四月の定期昇給対象者のうち、原告については、「良好な成績」で勤務したかどうかについて、中井会長による実質的な検討が加えられ、その結果として行われたものという側面を有することを否定できないというべきである。

2  一方、被告競技会は、平成八年三月当時、深刻な財政危機に直面し、各種合理化施策を強力に推進していくことが求められる非常事態にあったところ、中井会長は、竹谷会長の時にとられていた、役員会の中で人事について検討するという人事調整プロセスに疑問を呈し、各担当理事の意見、要望を受けて会長が最終的に決断するというように右プロセスを改め、同年七月を目途に被告競技会における大幅な機構改革を行うことを計画していたこと、具体的には、従来不十分であった本部として担当すべき機能の強化・改善を図ることを目的とし、それに伴って課長級以上の上級幹部職員の大幅な異動を予定し、四等級から三等級への昇格を七月まで延期し、二等級以上についても七月の異動を待ってポストに適合した処遇を決定すべく、定期昇格・昇給を含め四月の改訂を見送ることとしていたこと、また、中井会長は、職務給与規程九条については、その文言どおり、一定期間良好な成績で勤務したときに昇給させることができるというものであって、単に一定期間が経過したら当然に定期昇給させる義務を負うものではないとの解釈をし、良好な勤務成績かどうかは、本人の主張に確たる実証があれば格別、上司の人事査定に基づき、最終的には人事権者が責任をもって判断するという方針を取ったことが認められる。さらに、本件昇給延伸処分に対する労働組合の対応をみると、被告競技会においては、昇任昇給について労働組合が合意している内規があり、それによれば、四等級(課長代理相当)以下までは学歴、年齢、在等級年数が定められている基準に達すれば原則として昇任昇給させるものとなっているのに対し、三等級以上については、昇格については会長が必要と認めた場合に行うことになっていたこと、労働組合の部会においては、本件昇給延伸処分が会長の感情によって行われたものではないか、定期昇給は当然に行われるべきではないか等の意見もあったが、概ね、中井会長の、本件昇給延伸処分が職員給与規程九条によった勤務成績判断の結果によるものであるとの説明を納得する様子が見受けられたこと、労働組合の執行委員長渡辺繁が原告について非組合員であるが職員であるので中井会長に対して嘆願書を出して擁護してはどうかとの意見を出したが賛成を得られなかったことが認められ、これらの事情からすると、被告競技会においては、四等級以下の一般職員に対する関係では前記のような運用がそのまま労使慣行として存在していたということができるものの、それ以上の上級幹部職員についても右のような労使慣行が存在していたとまでは認めることができないというべきである。

3(一) ところで、被告競技会の職員給与規程九条一項は、職員が「一二か月以上の期間を良好な成績で勤務したとき」は、定期昇給をさせることができる旨規程しているが、この規程からは、被告競技会として、一二か月の期間を経過したときは、当然に定期昇給させなければならないとはいえず、定期昇給させる期間をどの程度にすべきか、何をもって「良好な成績」とすべきかについては、被告競技会に裁量の余地を残しているというべきである。そして、その基準については、更に被告競技会によって定められた細則、労使間の合意、労使慣行等が尊重される必要がある。

そして、四等級以下の一般職員については、労働組合との合意によって、定められた基準に達すれば原則として昇給させるものとされていたから、これに反する措置は取れないものと考えられるが、三等級以上の一般職員に対する定期昇給については、これといった細則、労使慣行があったとはいえないから、原則に戻り、被告競技会としては、合理的な裁量に基づき定期昇給の是非、時期等を定めることができるというべきである。

(二)  原告は、被告競技会が、公務員に準じて就業規則、給与規程を定められているところ、国家公務員法の一般職の給与に関する法律八条六項に定める普通昇給の要件である「一二月を下らない期間を良好な成績で勤務したとき」の解釈について、人事院が定めた、前記「欠格事由を有する職員」に該当しない場合には、従前の運用実態からも、一二か月の期間を経過したときは、当然に定期昇給させるべきであると主張する。確かに、被告競技会においては、定期昇給については、国家公務員に準じた運用がされていたが、前記1、2に照らせば、被告競技会において、少なくとも三等級以上の一般職員に対する定期昇給について、原告主張のとおり定期昇給をさせるべきであるとの細則の存在、確立した労使慣行の存在は認められないから、原告の右主張は採用できない。

(三) そこで、本件昇給延伸処分が合理的裁量に基づくものであるかについて検討するに、中井会長は、平成八年六月から七月を目途に行う予定の人事配置と原告の総務部長としての勤務成績等を考慮して右処分を行ったものであるが、平成八年三月当時、被告競技会が深刻な財政難に陥っていたこと、中井会長の右当時の構想は、右財政難を克服するための方策として一応合理的なものであったといえること、原告は、被告競技会において一般職員が就き得る最高位のポストである総務部長職にあったものであること、ところが、後記三において検討するように、中井会長は、原告について、平成八年三月までの勤務成績からみても、統率力、指導力、熱意、意欲及び能力等の面において、被告競技会が当面する緊急の懸案課題を処理していくには総務部長として不適格であると判断したものであるところ、その判断に裁量権の逸脱は認められないこと、中井会長は、本件昇給延伸処分当時すでに大幅な機構改革を七月に行うことを構想しており、それまでの暫定的な措置として三か月に限定して原告に対する昇給を延伸する予定であったこと等の事情に照らせば、中井会長が原告について「良好な成績で勤務した」とは認められないと判断して、三か月間定期昇給を延期した処分が、その裁量の範囲を逸脱したものとはにわかに認めがたいというべきである。したがって、右処分は、中井会長の恣意的判断による不当な処分であるとの原告の主張は採用できず、右処分は有効であるから、本件昇給延伸処分が無効であることを前提とする原告の請求は理由がない。

三  争点2(本件降格処分は人事権の濫用的行使として無効となるか。)について

1  本件降格処分は、被告の裁量によりなされたものであるが、もとより恣意的な裁量によることはゆるされず、合理的な裁量の範囲のみ許されるものである。なお、被告は、本件降格処分は原告の給与の等級を下位の等級に異動するものではないから降格処分に当たらないと主張するが、降格に該当するかどうかという言葉の問題は別として、原告は本件降格処分によって総務部長職を解かれ、本部付として先に認定したとおりの職務を担当することとなったのであるから、本件降格処分は原告にとって不利益な処分であることは相違ない。したがって、本件降格処分が人事権の濫用的行使として無効となるかどうかを判断する必要がある。

2(一) ところで、右一において認定したところからすると、被告競技会における人事権は会長に委ねられており、その判断には一定の幅の裁量が与えられていること、特に、総務部長職は被告競技会における一般職員が就き得る最高位のポストであり、競技会全体の事務をほぼ総括する立場にあることからして、それに対する人事権の裁量の幅は他の職員に対するそれに比べて広範なものであるということができる。

(二) そして、中井会長は、平成八年三月の時点で、原告について、その統率力、指導力、熱意、意欲及び能力等において、被告が当面する緊急の懸案課題を処理していくには総務部長として不適格であると判断していたが、更に、その後、原告が被告競技会について、労働基準法に違反する疑いがあると行政監察局に通報したとの話を聞いて、まずます総務部長職に留めることはできないと判断して、本件降格処分をしたことが認められる。そこで、中井会長の右処分が合理的な裁量に基づくものであるかどうかについて、前記一7で認められる事実等をもとに検討する。

(1)  中井会長は、副会長会に同席しながら、その職責である議事内容の把握を十分せず、かえって誤った報告をして無用の混乱を引き起こしたこと(7(四))、原告が、労使協議会において、その地位に反して傍観者的な態度をとろうとしたこと(7(五))、役員会において説明すべき事項について十分研究をしなかったため不十分な説明しかできず、また、その後の処理も遅滞したこと(7(八))、陳情書の作成等は、本来総務部の仕事であるのに、その責任者である原告が、その文書の趣旨、相手方の地位を十分考慮した文書を作成することができなかったこと(7(六))から、原告には、総務部長として求められている能力が備っておらず、また、その職務を全するために研究をする熱意、責任感が認められないと判断したことは、一応理由があることと認められる。

(2)  また、中井会長が、総務部長である原告に対し、種々の説明を求め、指示を与えたところ、原告は、総務部長になってまだ日が浅いので分からない等と弁解することがしばしばあった(7(一))が、このような態度に対し、中井会長が、役員を補佐すべき原告の総務部長としての能力に疑問を持ち、また前向きな姿勢を感じられないとして信頼感を失うことは理解できるところである。

(3)  被告競技会は、平成八年三月当時、深刻な財政危機に陥っており、赤字削減のため経営の合理化が最重要かつ緊急の懸案課題となっていた。そこで、中井会長は、右財政危機は被告競技会の存立自体をも脅かしかねない重大な問題であるととらえ、合理化推進委員会において、必要な対策を取りまとめ、合理化案を作成するために精力的に活動し、同年二月までに「合理化推進委員会検討結果」を取りまとめ、これに基づいてその実施に向けて具体的な方策を進めようとしていた。

ところで、被告競技会の合理化については、本来総務部が窓口になって、率先して対応すべき問題であり、原告としても、その責任者として積極的な対応が求められていた。ところが、原告は、監督官庁による合理化対策についてのヒアリングについて、積極的に対応せず(7(三))、また、合理化推進委員会の委員であり、その議論に参加していたにもかかわらず、配付した資料を十分検討せず、審議にも積極的に参加する姿勢が認められず、原告の分担とされた項目についての検討も十分なものではなかった(7(二))。このような原告の対応をつぶさに見ていた中井会長が、今後の合理化対策を具体化していく過程で、原告が、総務部長として、適切にこれを処理する能力、熱意があるか疑問があり、他の一般職員に対する統率力、指導力にも問題があると判断したとしても、十分理由のあることと考えられる。

(4)  中井会長は、原告ら三名の上級幹部職員に対し、今までに被告競技会において貢献してきたこと、その職責についての心構え等についてレポートを提出させたが、原告は、レポート作成上の指示に従わず、これに真剣に取り組もうとする姿勢が認められないうえ、その内容も劣っていた(7(七))。このような原告のレポート提出に対する姿勢、心構えを、中井会長が、今後も原告を総務部長としておくことは相当でないと判断するうえでの判断資料とするのもやむを得ないものである。

(5)  以上のような点を考慮すれば、中井会長が、平成八年三月の時点で、原告について、その統率力、指導力、熱意、意欲及び能力等において、被告が当面する緊急の懸案課題を処理していくには総務部長として不適格であると判断していたことは、当時、被告競技会が置かれた困難な状況、総務部長という重要なポストに関するものであることを前提とすれば、不合理なものであるとはいえない。

3 また、前記一10によれば、被告競技会について労働基準法に違反している事項があるとの福島行政監察事務所への匿名の通報は、原告の意思に基づいてされたものと認めることができる。そして、原告がなした行政監察局への右通報行為は、本来であれば自らの職務に属する事柄について外部の機関への通報という手段をとり、まず労働基準法違反等の点について調査を行わせ、それによって自己の受けた不利益処分である本件昇給延伸処分についての是正を間接的に求めることを狙いとしたものであって、総務部長としては極めて不適切な行為であったというべきである。この点について、原告本人及び証人佐藤秀雄は、原告側が依頼したのは本件昇給延伸処分についての調査のみであって、労働基準法等の関係において保険等の手続に違法があるとの通報はしていないと供述ないし証言する(陳述書の記載も含む。)。しかしながら、木本本部担当理事は、熱海課長補佐から、昇給延伸処分について通報した人物と保険等について不正があると通報した人物は被告競技会内の同一人物であると行政監察事務所行政相談課長が言っていたと聞いたと証言していること、また、原告が本件昇給延伸処分の内示を受けた時期、原告が実兄や熱海課長補佐に相談した時期、行政監察事務所に通報があった時期、実際に調査が行われた時期がいずれも近接していること、原告は、本件昇給延伸処分について熱海課長補佐に相談した際、内部的な問題であるので組織内で対応してほしいと返答されていたこと、ところが、右調査が行われた際、原告は自分のことで来たと認識していたこと、そして、本件昇給延伸処分については特段調査が行われず、保険等についての調査が行われただけで終了したにもかかわらず、その後原告は何の行動もとっていないこと等を併せ考慮すると、右調査は、原告の意向に沿って行われたものと認定するのが相当であり、右原告本人及び証人佐藤秀雄の供述ないし証言は採用できない。

4  以上によれば、前記2において検討した事項に3において認められた事項を加味して、最終的に中井会長が本件降格処分をしたことは、同会長に与えられた人事権の裁量の範囲内と認められ、そこに裁量権の逸脱があるとはいえない。したがって、右処分は、中井会長が人事権を濫用した無効な処分であるとの原告の主張は採用できず、右処分は有効であるから、本件降格処分が無効であることを前提とする原告の請求も理由がない。

(裁判長裁判官彦坂孝孔 裁判官藤原俊二 裁判官細矢郁)

別紙経過一覧表〈省略〉

別紙北日本自転車競技会組織表〈省略〉

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